名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事と行政区域の変遷

氷穴内には、氷の貯蔵庫がある。この貯蔵庫はかつて、江戸時代には献上するための物品として、また大正時代には冷蔵庫の氷としてなど、様々な用途で使われていた。現在は用途が無いため、毎年冬に四角い氷を作り再現している。1986年オープン。以前は富士天神山スキー場という名前であったが、2000年に現在の名前に改称している。山梨県内でも南側にあるスキー場であるが標高が高い地域のにあることとスノーマシンを駆使するためシーズンは12月上旬から4月上旬と比較的長い。東京方面から比較的近く、またそりコースなど子ども向けの施設も充実しているため家族連れを中心に混雑する。また、晴天時はセンターハウスから富士山がよく見えることも人気を博している理由でもある。一方で初中級者向けのコースが中心のため、上級者コースにとっては物足りないと思われる。衝突事故が発生した関係で一時期禁止となっていたが、現在は一部のコースを除きスノーボードの滑走も可能である。



都留市は、山梨県東部に位置する市である。「都留」は都留郡の郡名に由来し、「都留」は都留市の位置する桂川流域の地域が富士山の裾野を蔓のように延びており、その様子から「連葛」、「豆留」とよばれていたことに由来するとされている。大月市と富士吉田市との中間に位置する。ほとんどが秩父山地や御坂山地、丹沢山地などに属する山間部であり、市の南西から北東へ桂川が流れる。この桂川に沿って急峻な山と深い渓谷に挟まれた平坦地に市街地が形成されている。また、この川に沿うようにして中央自動車道、国道139号、富士急行大月線が通じている。



東京には、軍事と経済以外の国家の中枢機関が置かれた。そして、東京と横浜は、文明開化の中心地となり、近代化を主導した。この文明開化の時代には、官民を挙げて鉄道が建設されて、速達力が高上する時代が到来した。1871年8月の廃藩置県を経て、1876年8月以降の関東地方は、南西から時計回り順に神奈川県、東京府、埼玉県、群馬県、栃木県、茨城県、千葉県の7つの県に分割され、現在に至っている。1876年4月17日までは、鎌倉や東京との繋がりが深い伊豆半島が、足柄県の一部として関東地方に含まれていた。第二次世界大戦の戦乱を経て、高度経済成長期が到来すると、東京湾岸には京浜工業地帯や京葉工業地帯が造成された。東京の町工場や京浜工業地帯には中小工場があり、東日本各地から「金の卵」と呼ばれる労働者が集まった。そして、第二次産業から第三次産業までの大手企業の本社が、次々と東京に移転し、経済面で東京への一極集中が進行した。しかし、東京への過剰な一極集中は、政治・行政・経済・文化など、多方面の問題にもなっている。



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